沼底その2

時々とうらぶについて唸る

京都再び

お前先週行ったばっかりだろうが。と言われそうですが行ってきました。
来週でパネル展示終わっちゃいますからその前に。

そういう理由なので、今回訪れる予定の場所はほとんどが神社仏閣です。
同時に御朱印もいただいてきました。

……別に信心深くもないのにそういうのはどうなの、と思ったんですが、前回北野天満宮で購入した鬼切丸御朱印帳を死蔵するのもどうなの、と思いまして。
アルバムのように使うのも罰当たりな気がするし。
今後とうらぶ関連でお参りした神社仏閣でだけ御朱印をいただく御朱印帳ということにしたいと思います。
そういう理由なので一部前回と訪問先が重なっております。ご了承ください。


以降、パネルの写真といただいてきた御朱印写真をば。

北野天満宮(髭切)

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さっそく前回行った所ですがw
この御朱印帳に頂いていくならやはり最初はこちらのだろうということで再びおじゃましました。
真ん中のモザイクはすいません、全然知らない人なんですがモデルさんのように写ってしまったのでぼかしました。

髭切。
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パネルの位置は変わってません。かぼちゃも健在。

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御朱印。
右側の薄紙は御朱印帳に最初から挟まっていたもの。
朱印帳の表題にもある
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についての解説が印刷されています。
この薄紙、「なんだろう?」と思ってたんですがこうして墨移りしないよう挟むためのものなんですね。

建勲神社(宗三左文字)

次に訪れたのが船岡山建勲神社
船岡山公園の中にありまして、起伏に富んだ趣ある景観の神社でした。
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こんな感じ。

宗三さんは社務所の前に設けられた広場の中に。
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連日出勤でちょっとお疲れの様子?

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頂いた御朱印がこちら。
薄紙は潔く無地。
無地の神社仏閣も珍しくないんですが、神社の由来が由来なのでなんとなく「さすが」と思いました。

粟田神社・鍛冶神社(一期一振・秋田藤四郎)

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次に訪れたのが粟田神社と鍛冶神社。

鍛冶神社

参道の鳥居に掲げられた看板?は粟田神社ですが、鳥居をくぐって1本道路を渡ると
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駐車場の中に鍛冶神社。
ちんまい! かわいい!
鳥居の色が山吹色なのはちょっと珍しいですね。
鍛治の神様に由来するものなんでしょうか?

追記

ちょっとWebの範囲で調べてみたんですが、黄色の鳥居の神社は他にもありました。
参考:どこかはわかりませんが、鳥居が黄色に塗られてる所ってどこでしょう?... - Yahoo!知恵袋
ただ、鍛治の神様を祀ってるかというと……?

粟田神社

粟田神社は少し山?丘?を登ったところにあります。
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拝殿と御本殿。
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一期一振達は神楽殿?の前に。
猿の張り子が可愛いですw

さて御朱印。

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粟田神社。
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鍛冶神社。
どちらも粟田神社の社務所でいただけます。
粟田神社の御朱印に「粟田神社」ではなく「粟田口」とあるのに感動。
神社それぞれに別の薄紙が用意されているあたりが、なんとなく一期一振っていうキャラの印象と重なって面白いです。

豊国神社(骨喰藤四郎)

その次に訪れたのが豊国神社。
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どちらかのご家族のご祈祷中?だったので拝殿までも行けず。楼門前でお参りしました。
7歳位の女の子が振り袖を着ていたので遅い時期の七五三だったのかも。

骨喰藤四郎のパネルは社務所のすぐ横。
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御朱印。
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流れるような筆記が美しいです。
薄紙に堂々と印刷された五七の桐が、こちらが豊臣由来の神社だと胸を張っていらっしゃるようでそこもいいなと。
そういえば社務所で授与されているお守りに金のわらじのお守りがありました。太閤殿下らしさが溢れてる。

藤森神社(鶴丸国永)

次に訪れたのは藤森神社。
ここで一気に中心部からは外れまして、だいぶ雰囲気が変わります。
生活感溢れる感じ。
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拝殿をくぐった向こうに本殿。
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鶴丸がいたのは横の神楽殿。
舞台の上の階がある神楽殿って初めて見ました。
……舞台は下の階ですよね? 実は上の階の壁が外れて舞台になりますとかそんなアクロバットな構造じゃないですよね?
もしそうならむしろ見たいですが!

あと、京都の神社の神楽殿って比較的本殿の右側に設けられているケースが多いように思います。


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御朱印。
親しみやすくも堂々と気持よい筆跡。
薄紙も白無地で大判なものを豪快に挟んでくれました。
勝運と馬の神様として親しまれてる神社だそうで、納得の御朱印です。

壬生寺(長曾祢虎徹・和泉守兼定)

ここで要領が悪いことは重々承知の上で、一気に市内中心部に戻りました。
建勲神社の後壬生寺を経由して粟田神社に行った方が良かったかもしれないんですが、この後考えている行き先が行き先だったのでそこは妥協しました。

……で。
ここで痛恨なんですが、壬生寺の写真撮ってませんでした。
なんだかなあもう。

ちなみに今回の行程で初めてのお寺。
参拝時にうっかり二礼二拍一礼しかけて我に返った次第です。
あんまり幾つもの神社仏閣を一気に回るもんじゃないですね。

長曾祢虎徹と和泉守兼定のパネルは壬生塚へ行く建物の中に。
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短刀脇差し以外のどのパネルを見ても思ったんですけど、大きいですよね。
脇差しでもにっかり青江は大きかったな、そう言えば。

御朱印がこちら。
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戴けるのは3種類あったんですが、本尊のみで。
薄紙の印刷が珍しく横書きでした。
壬生寺の「壬」に書き手の方の力がこもったようで
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がっつり写ってました。

こちらの御朱印を頂いた時、並んだ人の中にまじめに巡礼を重ねている方がいらっしゃいましてすごい申し訳ない気分になりました。
後で知ったんですが、洛陽三十三所観音霊場にも名を連ねてるお寺なんですね。
知らないって怖いわ……。

そうそうこの御朱印帳、ここまでは全部神社で、壬生寺で初めてお寺でいただいたんですよ。
なのでお願いした時に「藤森さんの次でいいですか?」と確かめられて冷や汗かきました。
神社とお寺で分けるべきだったかと思いましたが後の祭り。
今回は頂けましたが、もしかしたら今後他のお寺や神社では拒否されるかもしれないです。
ほんっと知らないで手を出すものじゃないですね……。

大覚寺(膝丸)

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最後に訪れたのがこちら。2度めの参拝です。
せっかくだから兄者でスタートして弟者で締めたかったんですよ。
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弟者も二度目ぶり。
晴れた分気持ちよさ気で何よりです。

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御朱印。
……梵字なのかな。それとも崩し方が独特なのかな。
なめらかな緩急もあいまって、独特の雰囲気がありますよね。
薄紙は無地。
寸法が横幅ピッタリで縦がやや長いのは、こちらオリジナルの御朱印帳がそういう寸法だからなんでしょうか。
そうは見えなかったけど勘違いかな。

そういえばとうらぶの方の膝丸、こちらですっかり可愛がられているようで、
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こんな感じでちょこちょこ顔を出してました。微笑ましい。

以上です。

このあとはせっかくなので嵐山駅まで行って、
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岩融と今剣に会って、
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嵐電バルで加州ドリンク飲んで帰りました。
……予告写真とのあまりの違いに全自分がしばし呆然。
たしかに炭酸にアイス乗せたらこうなるわな。
予告写真はどうやって撮ったんだってのが気になるところです。
元は炭酸グレープの予定じゃなかったのかな?


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。